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 沖縄戦と移住の現実                                  


沖縄で戦争があったのは皆さんご存知でしょう。

沖縄戦争


この沖縄戦1945年(昭和20年)4月1日アメリカ軍は沖縄本島に上陸。日本における唯一の地上戦が始まりました。


この戦争は悲惨などというものではなかった。


女、子供関係なく殺され女性は捕まればレイプ。男子は即射殺。


現在の那覇空港の隣、瀬長島では県民は捕虜となり砂浜を歩かされ捕虜として酷い目に遭いました。(現在でもその当時の写真が瀬長島のカフェには飾られている。ここにある写真でもそうだが島が変形するぐらい多くのミサイルを打ち込まれました。)


この戦争が内地と沖縄の溝を深めるきっかけともなる・・・。


この沖縄戦。


ただの戦争ではなかった・・・。


一部中略してお話しします。


予想以上に敵軍が強く日本軍は沖縄で追い込まれていました。


日本軍は沖縄県民に対し自決を強要。


沖縄戦争

これにより沖縄県。本島以外の離島も含め、多くの方々が自決しました。


慶良間諸島でも旅行で行くとダイビングで1日終わり、自決した方々の話や島の歴史を知ることはないでしょう。細い山道に小さな看板ですのでレンタカーで走ってても自決の跡地だという標を見ないかも知れません。


この自決を強要したという事件は今でも問題になっています。


その他、南風原の陸軍病院では青酸カリで約二千人もの患者が自決させられたり、その他、処置という名のもとに多くの人が殺害されました。


日本軍は更に酷いことをする・・・。


県民が逃げ込んだ壕を見つけては壕から追い出し食料を奪ったり弾丸の壁とし県民を殺したのです。


これは、見殺しだろうか? これは同民による殺しです。(本土の人間は沖縄県民を同じ国民と考えてはいなかったと考えられる) 


@自決の強要。殺害された。
A助けるはずの軍が県民を壕から追い出し自分たちだけが生き残ろうとした。


ここまでの話で大きく二つの事件があります。



この戦争で真実を語った人が存在します。そしてこの方は生涯をこの一文に込めたのだと思います。
本土の人間、日本軍として。


大田実中将は本部に対し「沖縄戦の状況、沖縄県民の受けた被害などを報告した。」最後に中将が語ったのは「沖縄県民に対し後世に特別の配慮を願う。」としている。


特別の配慮。


現状、未だにされていない。むしろ。日本の犠牲となり続けている。


米軍移転もそう、レイプ事件もそう、飲酒運転によりひき逃げもそう。すべて泣き寝入り。


この裏切りとも言える日本の行為。



これがBに当たる。


次にこの沖縄戦が終戦し第二波の悲劇が始まります。


終戦し痛みの癒えない沖縄に本土より商人がやってきます。


今まで土地の運用やビジネスを知らない沖縄県民。


上手い話に乗せられて本土人の言うままに投資をしました。


この投資で土地の名義や財産を本土からきた商人に操られ最後には全て騙し取られました。


こんなことは腐るほどありました。


現代の「オレオレ詐欺・振り込め詐欺」の様なものです。手当たり次第でだまし、「儲かるぐらい儲けたら本土へ逃亡」したのです。


残るは借金地獄という沖縄県民は沢山いました。


その他、本土からきた旅行者が甘い言葉で女の子を騙し妊娠させて本土へ逃亡。


これはごく最近までありました。これがCです。


これまでの四つ(@〜C)が現在、沖縄県民が味わってきた裏切り有為です。


そして1990年代に入りバックパッパーなどが沖縄へ多く訪れる様になりました。今では国際通り周辺では安宿などでお馴染みのゲストハウス。


このゲストハウスへ若者がたまりアフリカの太鼓をたたき深夜まで騒いだり昼間からお酒を飲んで玄関口で座り込んだりと周囲の住民より環境の悪化だという声も出ました。
この様な姿より移住者が税金も払わずに昼間から酒をのみ大騒ぎするという悪い印象がありました。
これは今でもあります。


このイメージダウンとも言える行為で嫌われてしまったのがDとなります。



次に皆さんにとって身近な沖縄移住者です。海を求め楽園と語り移住者が年々増えているという状態。一部、移住支援を行う企業は「楽園へ移住支援」と謳い本土からの移住希望者を募り転入させる。
TV・ラジオ・雑誌では沖縄の綺麗な部分のみを見せ楽園と語る。


これを信じ本土から多くの移住希望者が移住しました。(今も)


実際、生活してみるとイメージしていた生活とは違い低所得や一部、閉鎖的とも言える行為を受ける。
沖縄の過去も知らずに本土の人間は発言をする。


もちろん、基本である「郷に入ったら」など完全無視で・・・。


上手くいかないのは言うまでもありません。


多くの人が本土へ戻ります。


戻ってどうなるか。


本土へ戻って沖縄の批判を語る。(他、一部の移住者はアパートなどの家賃を滞納し本土へ逃走)


これが長いこと続きました。


これを知った沖縄県民は激怒する事となる。これがFとなる。


都会から離島などへ移住した者が引き起こす問題は都会の考えを島に押しつけるケースも出てきた。
町内会の知らせの放送が朝鳴ると「安眠妨害だ!」と集落センターへ苦情の電話をする。この様なことから移住者と島民に亀裂が入り始めたのです。


これが沖縄と本土の溝であり本土の人間(移住者)が嫌われる原因です。そしてこれが事実なのです。




                    糸満市平和記念公園


  日本軍の魚雷  米軍戦車  平和記念資料館
   旧日本軍の魚雷       米軍戦車(キャタピラ)      平和記念資料館

  戦没者の名が刻まれた石  平和記念公園  平和記念公園
  戦没者の名が刻まれた石

  平和記念公園  平和記念公園  平和記念公園



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